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社畜のおがたものがたり ~第ニ章 セブンコード編~

社畜る~? 逝く逝く♪ \(TдT)/

どうも緒方DEATH!

緒方物語第二章、セブンコード編、開幕~
(からくりサーカスっぽく)

あ、第一章まだの方はこちらから。

社畜のおがたものがたり~第一章 社会人になるまで~

ブラック企業セブンコードとの出会い

上記の流れから就活をしていたところ、「WEBデザイナー 未経験可」の文字が。
さっそく連絡し、面接にこぎつけました。
雑居ビルの中の小さなオフィス。
壁にはアメリカ旅行と思われる楽しそうな写真。
面接をしてくれる爽やかな若い男性。
そう、まだブラック企業を名乗っていない頃のセブンコードです。

面接にポートフォリオを忘れてしまうという大失態を犯したにも関わらず、「契約社員」という形で迎え入れてくれました。
契約社員だったけどとりあえず受かったことが嬉しかったのと、アメリカに行けるかもっていう期待で旨が膨らみました。その時は。

先にも書きましたが、この頃のセブンコードはまだブラック企業と名乗っていない、普通のWEB制作会社です。
今と同じように残業があったし、平気で23時とか終電になっていました。
そう、本当にシンプルなブラック企業です。
本当にただのブラック企業でした。
おもしろい企画などなく、ただただ案件をこなし、怒られ、飲みにつれていってもらい、怒られ、案件にとりかかる。
今考えると、おもしろくないなぁ・・・笑
というか普通の企業はこうなんだろうな。

正直に言うと、普通に会社嫌いでした(笑)
マジでしんどかったです。母ちゃんに泣きながら電話したこともあります。
「しんどかったら辞めたらいいし、帰ってきたら?」って言われて踏ん張った思い出です。

それに今だから笑えますが、先輩達も・・・もっとやんちゃでした。
もう退職した直属の上司も、今でこそ丸くなった広瀬さんも、やんちゃでした。
平日から飲みに連れて行かれ、新人の僕を差し置いてデロンデロンに酔っ払う先輩達。
もちろん帰るっていう選択肢はなく、カプセルホテルに強制連行されました。

カプセルホテルの風呂場では上司に水のシャワーをぶっかけられて悶絶しているところを羽交い締めにされ、
満面のえみを浮かべながら、濡れたタオルでしばいてくる広瀬さん。
一通りしばかれたあとは水風呂に投げられ、サウナに放り込まれました。

この人たちは外道なのか?と思いながら、朝から三人でまた出社。
この世は地獄かと思いましたね。

本当によく辞めなかったな、俺。笑

新卒採用~ブラック企業と名乗るまで~

あの頃のセブンコードはお金があったのでしょうか?
新人だった僕は経理関係には一切触れずにいましたのでぶっちゃけよくわかりません。
ただ、100万近くする事務所に引っ越し、新卒をガンガン雇っていたのでお金はあったのでしょう。

かなり会社全体が上昇していく雰囲気だった気がします。

何かが変わったタイミングと言えば、風呂場で羽交い締めにしてきた上司が退職することになりました。
僕と同期で入社した伊藤さんという女の子はうつ病発症して休業中。
三人でWEBを回していた僕は「?」状態でした。

「いや、俺だけになるやん」と。

案の定そのあたりは死にそうでしたね

急にWEB部署を一人にされ、新人の教育もやりながら案件も回す。
マジであの頃の僕にはそんなマルチタスクできるはずもなく。(今もできひんけどw)

正直、上司と同期を恨みましたね。
コイツラ何辞めてんねんと。特に上司に強く思いました。
あんだけかわいがってくれたけど、最終これかいと。よく放置して辞めたなと。

まぁ言っても仕方ないですけどね。

上記のように僕は死にかけてるし、まともに教育もできない。
なので新卒は育たず・・・どんどん退職者が出てきました。

「新卒が残らないのは残業のせいだ。」と、自分の能力不足を棚にあげて、一つの企画を立ち上げました。

それは自社を「ブラック企業」と名乗ることでした。
採用サイトにブラック企業を全面的に押し出し、「社畜」という言葉を取り入れました。

「うちの会社はブラック企業です!残業あるからね!」そう予め伝えることで、入社してからの相違をなくしました。

ここからセブンコード「ブラック企業化」が始まります。

まだあの頃はテキストベースのおもしろサイトが流行りだした頃でした。
有名どころだと、オモコロさんやLIGさん。
僕らもこの流れに乗ろうと思い、はじめました。

こうしてブラック企業は生まれ、「社畜の緒方」として歩むことになります。

※写真は関係ないです。

やっと行けた海外研修!!inグアム!!

えー書くのを忘れておりました。
このグアム研修はブラック企業よりも前の話なんじゃないかな・・・?と思うのですが、
7~8年も努めているとどこで何をしたかが曖昧になってきますね。

とりあえず上記にも書いたとおり、僕は「社員研修でアメリカに行ける」というのがずっと胸に残っておりました。
入社が決まったときに両親に自慢するぐらいです。

ただ僕が入社した年の社員研修はなぜか伊東でした。。。
あのときの僕の絶望といえばそりゃもう・・・言葉にできなかったと思います。
なんやかんやめっちゃ楽しかったですけどね。

そして翌年ですよ。社員研修の場所がまさかのグアム!!
もうね、本当にテンションが上がりましたね。

会社の!研修で!グアムですよ!!
グアムについてからずっと飲んでた気がします。
ホテルではまず男だけで集合し、酒を飲みながら風俗を探した思い出が。
結局風俗には行きませんでしたけどね。

遊園地いったりドライブいったり、海行ったり、酒のんだり、ストリップ行ったり酒飲んだり。
まぁ~もう最高でした。

ただ、グアムに行ってるときにサーバー関係のトラブルが起きて絶望したことだけは残念でした。
ただ海外研修はその一回だけ。

その後の社員研修は東京沖縄を交互に行き来する感じになっています。
そろそろ広瀬さんと結託してタイあたりに行きたいですねー。

社長が海外嫌いやから難しいけどな・・・

死んだ企画、礎になった企画

さて、ブラック企業の話に戻りましょう。
ブラック企業を始めたときは本当におもしろい記事が少なかった気がします。
企業で参戦してるのがほんの少しでした。

今でこそたくさんのメディアが乱立してるけど、よく考えたらそれ以前って何を見て楽しんでたんやろ?
SNSはmixiとか含めてあったし、アプリのゲームもあった。
ネットは?2chやニコニコはあったよね。それ以外何見てたんやろう。

今でこそユーチューバーだったり、ライターだったりってたくさんあるけど、なかったときのことが思い出せねぇ!

と、話がズレましたが・・・そんな時代だったとおもってください。
セブンコードも色々模索していました。
その時に出来た企画たち、死んでしまったもの、今の番組の礎になったものなど含めて紹介していきましょう。

【ガッパー】
これは以外とおぼえてくれている方もいるかもしれません。
このサイト自体は死んでしまいましたが、今につながるものを色々残してくれたサイトです。

ハッピーガールズパーティ、略してガッパーというサイトなのですが、
モデルさんを集めて広告塔にした美容系のポータルサイトでした。
ワードプレスも出始めの時期に高い金を積んでカスタマイズしてもらいました。

その時すでにWEB事業部は僕ひとり。
新卒も僕も力がなく、きちんと運営できませんでした。
サイト企画自体はあえなく死んでしまったのですが、ここで集めたモデルさんが今に繋がります。
みさきちゃんですね。(今いないけどw)
ここでモデル集めをしたおかげでその後5年に渡って、色々活躍してくれる子と出会えました。

【動画・YOUTUBE】
この辺はね・・・思い出したくもない企画ばっかりですねw
今はYOUTUBEアカウントがBANされてしまったのでほとんどの動画を見ることができません。
思い出したくないけど、消えるのは悲しいな・・・

圧迫面接が流行れば、顔に金箔塗ったり、布団圧縮袋に包まれながら「圧縮面接」やったり。
新卒採用のシーズンになれば、「こんな企業は嫌だ」シリーズを作ってブリーフ一枚になったり。
野々村議員が泣き叫べば社長も「濱野々村」を名乗って泣き叫んだり。
特に一番嫌だったのが芸人のマネしたことですね。
「ラッスンゴレライ」や、「くまむし」の歌ネタをやったことですね。
しかも替え歌で。。。今思い出したら寒気しかしない。まじで俺の一番黒歴史。
あの動画だけは消えてくれて良かったです。

【ドレスタ】
ドレスレンタルの事業もやりました。
これも簡単なフローで利益が出せそうということで始めたのですが、担当してた女性の先輩方が退職。
残った僕らでは回すことが出来ずあえなく敗退しました。
このドレス事業のときにもすでに動画を使った戦略で動いておりました。
かれらちゃんやみさきちゃんにドレスを着用してもらって番組MCをしてもらったりね。
その頃は生放送ではなくYOUTUBE用の動画だったので毎回しっかり編集をして・・・と今よりだいぶコストかかってた気がします。

ぱっと思いついただけでこんだけ出てきました。
もっと色々やってたよな・・・

この頃から仕事自体は少し楽しくなった気がします。
ただ、「おもしろいことをやりたいけど実際おもしろくない」っていうのがすごいありました。
面白いことって結局自分が好きで、自分がおもしろいって思うからおもしろくなるんだと思います。

この頃は何がおもしろいのかも余り考えず、ただ出てきた企画を身体張ってやってただけな気がする。
というかつい最近までそうやったかも。
やっと自分が楽しいと思うことが見つかった、というか自分のことを理解し始めてきたのは最近ですね。

ついに開始!生放送番組FRESH!

この頃からコンテンツをどう回していくか?という会議を毎週行っていました。
ぶっちゃけ社員全員疲弊しきっていたと思います。
だいぶしんどかったのですが、色々案を出さなきゃいけない。
そこでたまたま目にしたニュースに「サイバーエージェントが放送業界に参入」を見つけました。
これ今からやったらトップとれんじゃね?ってことで会議中に発言。
結構軽い気持ちで言っちゃいました。

「じゃあ何を放送するか?」という話し合いの結果・・・

社内を24時間映すというキチガイ企画、「ブラック企業24時」が開始しました。
一番最初はみさきちゃんが営業電話をするという企画。
辛い営業経験で泣いちゃったりと、とても盛り上がりました。
みさきちゃんのおかげで徐々にファンと名乗ってくれる方々が現れだしました。
YOUTUBEをどんだけ頑張っても視聴者の一人もつかなかった僕らからしたらそりゃーうれしいことでしたよ。
僕らが主催するイベント「社畜納涼祭」や「社畜リスマス」などにもわざわざ遠方から参加してくれたり。
本当に嬉しかったのを覚えています。

夜の放送の主役、ポチコが登場するのもこのあたりですね。
ポチコは確かに今となっては、放送を見てくれたみんなにも愛されたし良い決断だったと思います。
ただね、ポチコ購入の際に僕は言ったんですよ。

「誰が世話するの」って。
新ほどテンションあがってる社長とみさきちゃんにね。
二人は誰にも相談することなく、六本木のハリネズミカフェなるものに行って、かわいいかわいい言いながら飼いましたからね。
僕は絶対世話しないと言いました。言ったのにかかわらずですよ。

案の定数ヶ月で俺がポチコの世話係になりましたからね。
この辺の経緯は今だから言うけど心底腹がたったのを書きながら思い出した!!!
めちゃくちゃなんですよ。ほんまに。

マジで俺は絶対世話せん!って言うてたのにですよ。飼いだした社長とみさきちゃんは何もせずですよ、
挙句の果てにキレられましたからね。
「なんで二週間も掃除してないの?部屋入って臭くないの?お客さんどう思う?」ですよ。
いやいやいやいや・・・ってなりましたね。

そして最終的な結論がですよ、緒方は考えることが苦手やから、身体動かすポチコ掃除は得意やろ?ポチコ当番な。ですよ。
このあたりはね、次の章でも書きますけどマジで辞めようって思ってたぐらい、しんどくてだるかった記憶。

ふつふつと怒りが蘇ってきた。

マジでセブンコード在籍史上いっちばん辛かった時期

ということで社内を生放送し、通常業務もあり、なんだかとっても疲弊している時期がやってきます。
この頃に新しく、沖縄在住のデザイナー、宇榮原さんが入社します。
実は宇榮原さんは沖縄の山内さんの友人であり、セブンコードのパンフレットブラックブックの第一弾のデザインをしてくれた方なのです。
デザインのスキルはお墨付き。年齢も上ですし即戦力間違いなし。

こっからは気持ちの問題なんでスキルがどうとかそんなことは置いときます。
なぜなら俺のものがたりだから。

宇榮原さんが入ってきたとき、東京のメンバーは緒方、かれらちゃん、よねの3人でした。
僕は全然できなかったけども、管理者になって給料を稼げるようにがんばってきました。

で、宇榮原さんという即戦力人間が入社したことによりあっさりと管理者の役割は宇榮原さんに。
わかりますよ。会社だし。出来ないやつより出来るやつにやらせる。
当たり前だと思います。
でも僕は7年ぐらい頑張ってきたと思ってたのに、急に蚊帳の外になったことがめちゃくちゃめちゃくちゃきつかった。
しかもちゃんとした通知はなかった。ちゃんと告知されないままに外された。
幹部MTGにも知らぬ間に入らなくなった。「こっからは緒方関係ないよ」って。
ほんまにほんまにきつかったのを覚えてる。

そして東京にいるかれちゃんとよねには舐められまくってる。
それも俺が出来ひんからやで。わかってる。上司とか先輩として見られへんかったんやろ。わかってる。
だけどさ、ずっと頑張ってきたのに、いきなり全員から見限られる気持ちわかりますか。
急に会社の最下層に行ったから。

これは僕の主観ですよ。僕の能力がないからってことは重々承知の上で書いてますからね。
そこに対しての批判はお断り!聞く耳持ちません!

仕事はいっぱい。やることいっぱい。後輩には舐められ、新しく入ってきた人に役職奪われ、
社長にも見向きされなくなり、沖縄からの期待もなくなる。

ただただ出来ない人間だめ人間のできあがり。

いや、だめ人間なのがだめなんですけどね。
でもそこでようやく気付きましたね。

あ、俺頑張ってるけど出来ひんねんな。
ここで働くべき人間じゃないんだなーって理解しました。

だからホンマに辞めようと思ったし。何よりつらすぎた。ほんまにしんどかった。
期待されない自分、仕事できない自分、金稼げない自分に絶望しました。

書いてるだけでちょっと悲しくなってくるもん。

まだまだ続く・・・死にかけの緒方はどうやって復活したのか・・・

社畜のおがたものがたり~第一章 社会人になるまで~

社畜のおがたものがたり~第ニ章 セブンコード編~

社畜のおがたものがたり~第三章 セブンコード、楽しくなってきた編~


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緒方勇祐

緒方勇祐

社畜の緒方。ナマステとも呼ばれます。 お金は稼ぎたいけど働きたくありません。管理者になりたかったけどなれませんでした。本能の赴くままに好きなことしか出来ません。ちょっとだけ人生に絶望しています。だけど楽しく生きています。本当は楽しく生きるだけじゃだめなの知ってます。でも楽しく生きてます。