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社畜のおがたものがたり~第一章 社会人になるまで~

社畜る~? 逝く逝く♪ \(TдT)/

どうも緒方DEATH!

今日はですね。今更なんですが、私緒方についてお話したいと思います。

社畜緒方の生誕~中学時代 ~案の定流される俺~

1987年5月10日に愛くるしい天使のような存在としてこの世に生を受けました。
それはそれはかわいがられて育ちましてね。
まぁ子供時代なんて覚えてへんわ。笑

でもこんなにも社畜になって、放送したりするとは誰も夢にも思ってなかったでしょう。

小学校はですね。めちゃくちゃ平和だったんですよ。
問題は中学ですね。
僕の地域なんですが、僕が育った小学校のある地域は穏やかで平和な地域なんです。
ですが隣の地域がいわゆる昔部落と言われてたような地域なんですね。

中学がその二つの地域が合体してしまうので、まさにこう光と闇が融合してしまうわけです。
案の定僕もそちらのほうに傾いてしまい、無事やんちゃに過ごせました。

社畜緒方の高校時代 ~しばかれて大阪~

高校は6クラスありました。
僕は1組でしたが、6組にヤンキーっぽい集団が集まっていました。
当時リーダーっぽかったやつに呼び出されて行ってみるとこう言われました。
「やんちゃなやつ集めてんねん。お前もこっち来いよ」
僕は高校になってもずっと中学の友達とつるんでいたので、「ええわ・・・」となりそこまでつるみませんでした。
なぜならそいつに「副担やと思ってたわw」と言われたからです。笑
そう、当時から僕はふけておりました。笑

事件が起きたのは高校二年に上る前。
まぁ・・・色々やらかしまして、中学の同級生、先輩、後輩(弟の友達)など総勢30人ぐらいに深夜の公園に呼び出されました。
僕ともうひとりのツレがターゲットだったのですが、まぁ・・・ボッコボコにシバかれました。
鼻の骨が折れるまで殴られましてね・・・「あ、これ死んだわ」って思ってたら、一緒にしばかれてた友達のアニキが助けにきてくれて生き延びました。
血だらけで家に帰ったときの両親への申し訳無さは一生忘れないでしょう。www
泣いて謝りましたwww

そこで中学のやつらとの縁は完全に切れてしまいました。
なので、そこから高校の友人とつるむようになって、今でも毎年キャンプに行くような最高の友人になったわけです。
めでたしめでたし。

社畜緒方のフリーター時代その1 ~塗料売り場で愛されて~

僕の通っていた高校は普通の公立高校。
特に進学校というわけではなかったのですが、99%が大学やら専門への進学でした。
大学に行かなかったのは僕を含め3人のみ。

僕の親父は別に固い人ではないんですが、
「大学に行くなら勉強して関関同立以上に行け。それ以下は行っても意味ないぞ」という考えでした。
当時の僕は「大学で4年間も勉強するぐらいならバイトでもして遊んだほうがええんちゃうか・・・受験勉強なんかしたないし」
という考えでしたので、完全に上位の大学を目指すなんてことは考えてませんでした。

そのためあっさりと受験は辞めて、卒業後働くことを決意。
ただね、当時高校に来てた求人って工場とかなんですよ。

「工場・・・?やだよ、もっとオシャレな世界に羽ばたくんだい!」
「俺は・・インテリアデザイナーを目指すんだ!」

という響きだけで決めた夢に向かって面接を受けました。
オシャレな家具屋さんを見つけては面接にこぎつけて、全部落ちるという。

「この歳、ナンバや南のオシャレな家具屋は諦めよう。」
「シマチューHOMESや。HOMESの家具売り場で働いて実績を積もう」

~そして面接~
面「希望するのは家具売り場だね?」
お:「はい、家具売り場で働かせて下さい!」
面:「よし、採用!」
お:「うおおおおありがとうございます!一生懸命働きまする!」

~初日~
上司:「はい、緒方くん、売り場は塗料売り場ね。」
お:「wwwwwwwwww」

こんな感じで塗料売り場に配属されました。笑
でも別に腐ることもなく、ちゃんと仕事してました。

まだまだ10代の僕は社会の常識はなく・・・頭はアフロみたいにしてるは、腰パンしてるわで上の方々からは目の敵に。
それでも仕事はちゃんとやっていたので、直属の上司には愛されていました。
何があっても僕のことを守ってくれたし、それを見て徐々に身だしなみにも変化が現れました。

そんな時に業績不振から売り場縮小という話が・・・
ちょうど近くに西日本最大のイオンが出来るとのことだったので、塗料売り場とはおさらばして、イオン内のアパレルでオープニングスタッフとして参加しました。

社畜緒方のフリーター時代その2 ~1億円分のジーンズ売っちゃって~

塗料売り場を辞めた僕が向かったのは某ジーンズショップ。
最初は普通にやってたんですが、なかなかに販売の才能があったようでして、すぐに社保に入り契約社員になりました。
そしてなぜか頭モジャモジャのヒゲヅラにも関わらず、僕はレディースの販売スタッフになりました。

僕は見た目はアレですが、笑顔と八方美人っぷりは素晴らしいのでおばちゃんから若い子から何からめちゃめちゃ顧客が増えました。
家族全員コーディネートしてあげたりと、個人の売上を伸ばしまくりました。

実はこのアパレルショップでは、売上全国1位を獲得すると、幹部陣と一緒にアメリカ研修にいけるという最高に最高な特典があったのでした。
僕は「アメリカに行きたい」という欲望だけでひたすらに服を売り続け、気づけばグループ内全国1位になれそう・・・というところにきました。
が、店長が変更になってしまい、クソブタ店長と、そこにひっついてきた女のスタッフがいました。
このくそ女は売上をちょろまかし、あっという間に僕を抜いて1位に。
クソブタ店長も自分のスタッフを1位にしたいから知らんふり。
こいつらのせいで僕の夢は断たれてしまい、退職を決意しました。
(ちなみにこのクソブタ店長はそのあと、店の服をちょろまかしたり、売上を偽装していて追放されました)

社畜緒方のフリーター時代その3 ~無謀にも東京進出~

アメリカに行けなかった僕はその怒りから、「一人ハワイ旅」を決意。
僕はハワイが大好きです。家族がハワイ好きだったこともあり、もう子供の頃からハワイ好きに洗脳されております。
そのため、貯金全部使って20歳の僕は一人でハワイに行きました。
言うても3週間ぐらいでしたが。
そんなに金もなかったし、毎日毎日島中をひたすら歩きました。
マジで一周したんちゃう?ってぐらいにただただ歩き回ったのですが、今でも最高な思い出です。

ハワイから帰ってきたら案の定金がないので仕方なくバイト・・・
友人の紹介でオムライスとパスタのお店で働きました。
なんだろう。女の子も多かったし、めちゃめちゃ青春楽しみましたね。
毎日深夜~朝まで遊んで昼間寝てまた夜から働くみたいな。
クソみたいな生活ですが、今でもあの遊んでた時期は経験しててよかったなーと思う。

勉強していい大学に行って、いい会社に入って、いいお給料をもらうってのも素晴らしいけど、
バカみたいに遊んでやりたいようにやって、好きなように愉しむ時間を経験するってのは同じぐらいデカイ経験だと思っています。
若い時に遊んでない人ほど、大人になって女にハマったり、変な金の使い方をするもんだと思う。

話がズレました。
21歳になり、果たしてこんなにも遊びまくってるままで良いのか。
友人もみな大学を卒業するだろう。
俺はどうなるのか・・・と、考えてた時に、美大に行ってた友人(キチガイ)が「東京行って一旗あげようぜ」と誘ってきました。
彼も絵を書いてたぐらいで、特に知識なし。俺も知識なし。
ほぼ独学でADOBEのソフトを覚え、彼女や友人に別れを告げて東京にでてきました。

「俺たち、ビッグになるまで戻ってこねぇからよ・・・」
そう言い残して夜行バスで東京に向かいました。

素人には冷たい街、凍狂-TOKYO-

東京にでてきたわいいけど、金がない。
とりあえずシェアハウスしながら、いつものようにひたすら遊びました。
その頃はmixiなどがまだ生きていた時代ですので、mixiで客を捕まえてデザインの仕事をもらったりしていました。

海の家の看板を描いたり、パチ屋のチラシを作ったり。お店のサイトを作ったり色々やりましたが、
「俺たちはこんな小せえことをやりに来たんじゃねぇ。ビッグになるんだ」
そう思い向かった先はエグザイルの事務所。
もちろんアポも何もありません。
受付で「HIROさんに会いたいんですが・・・」って突撃しましたが追い返されました。w
ムカついたので持ってきたポートフォリオすべて事務所の非常階段にぶちまけて帰ってきました(最低)

そんなこんなで1年ほどがんばってみましたが、まぁ社会経験もないやつらが出来るほど甘くなく。
「一旦就職しよう」ということで就職することに。

さて、第一章はこちらで終わり。
大分長くなってしまいましたので記事をわけることにしました。

社畜のおがたものがたり~第一章 社会人になるまで~

社畜のおがたものがたり~第ニ章 セブンコード編~

社畜のおがたものがたり~第三章 セブンコード、楽しくなってきた編~


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緒方勇祐

緒方勇祐

社畜の緒方。ナマステとも呼ばれます。 お金は稼ぎたいけど働きたくありません。管理者になりたかったけどなれませんでした。本能の赴くままに好きなことしか出来ません。ちょっとだけ人生に絶望しています。だけど楽しく生きています。本当は楽しく生きるだけじゃだめなの知ってます。でも楽しく生きてます。

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