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【ブラック企業の営業マン紹介】ヨシダンデスの25年間

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自己紹介

はじめまして!!

昨年の12月にセブンコードの営業マンとして入社した吉田慶介です!

この度社長のハマノーンから「自己紹介をする機会を与えてやろう!」と言っていただきましたので少し吉田の過去についてお話しさせていただきます。

まずは簡単なプロフィールです!

・名前:吉田慶介(ヨシダンデス)
・1998年6月3日生まれ
・福岡県北九州市出身の25歳。
・趣味→寝ること、食べること
・学生時代はダーツとポケモン(ポケモンは剣盾ランクマッチ月間最高47位)
・学生時代、国語の成績は2
・文章力皆無でございます。
・高校時代は体重70キロ
・順調に育っていき今では100キロ

そんな私のビフォーアフターをお見せします!

 (Before)          

(After)

挫折と経験の高校時代

高校時代はMAX140キロ投げるパワーピッチャーでした。

・びっくりするぐらいのノーコン。
・後にデッドボールを与えてイップスになる。
・当時のあだ名はキラーマシン。

いわゆる殺戮マシン系ピッチャーでした、、、

そんな殺戮マシンでも中学時代はエースで4番、これ以上ないぐらい鼻を伸ばしたまま門司学園高校に入学しました。

学校が中高一貫だったため、高校野球部の監督は中学時代の学年主任の先生なんですが、中学時代の吉田はひじょうに!調子に乗っていたので、やれ教室で暴れるや、成績はビリを走り続けるやで問題児でした。そのため当時学年主任だった野球部の監督はかなり頭を抱えていたのか、野球部に入ってすぐに「お前、絶対に使わねえからw」と言われます。

流石に冗談やろwと思っていましたが1年生の実力試しの試合でなんと1年生は吉田だけ試合に出れませんでした!この時はほんとに「あ、オワタ」って感じでした。

そんな時、後にエースになるM君から「アイドルのライブ見にいこうぜ!俺めっちゃすきやねん!」と誘いを受けます。これが吉田の人生にここまで大きく関わる出来事とはその時は思いもしませんでした。

地下アイドルオタク編

ここで人生初のライブ参戦を果たします。

そこでみたアイドルさんのライブ姿、空き時間に必死にビラ配りをする姿、ファンが一体となって声を出す現場の空気に惹かれました。

私にビラを持ってきてくれた子のチェキ会に参加し、もう当時の吉田はその子に惚れてました。一目惚れってやつです。

そこからはほぼ毎週土日は部活終わりにライブ会場に足を運んでいました。

学校がアルバイト禁止だったためライブのお金はおばあちゃんがお小遣いとしてくれてました。おばあちゃんありがとうほんとに、ありがとう。

カッコつけたいがために高校生でありながら推しのこの生誕祭実行委員会を立ち上げ、推しの生誕祭の企画やTシャツ作ったり、とにかく当時はその子のことしか見えてなかったなと思います。

※一番左が吉田です

ステージデビュー編

そんなある日、よく一緒にライブに一緒に通っていた友人K君と一緒に某事務所から「君達も一緒にステージにたたないか?」と誘われます。

へ?と思いましたが、野球もやりがいを感じていなかったためなんとなくボランティア感覚で飛び込みます。

私とK君は女装してアイドルと一緒にステージに立って踊る立ち位置でしたが1回だけやってあることに気づきました。

「俺、見る方が好きだわ」

結局2ヶ月ほどやってすぐ二人揃ってやめてしまいます。

またアイドルオタク生活のスタートとなったのです。

大学受験無事死亡

野球も引退し、ついに奴がやってきてしまいました。そうです「お受験」です。

成績は常にビリを走り続けていたので行ける大学なんてどこにもありませんでした。

とはいえアイドルオタクはやめられなかったので塾を途中で抜け出してライブに行っては塾に戻りを繰り返したりしていました。親にバレたらどうなっていたかわかりません。

もう少し勉強していれば、、、

通っていたアイドルグループは高校3年の9月時点で解散することとなります。高校生活のほぼ全てを注いでいた吉田の心には大きな穴が開きました。

もう心ここにあらずの状態が数ヶ月続きますが、受験までの日にちは一刻と迫ってきております。

とりあえずなんとなくで受験勉強をしますがそもそも基礎すらない人間に詰め込みでどうにかなるわけでもなく前期試験は全滅しました。

家族全員顔が真っ青になりました。あの時の家の空気を思い出すともう今でも吐きそうになりますw

とりあえずなんとか滑り込み、後期で久留米大学に入学することとなります。

当時の家族はこれより顔が青かった、、、

病気に始まった大学生活

なんとか大学に入学することができた吉田は無事大学生活が始まり初めての一人暮らしを超謳歌していたところ腎盂腎炎という病気になります。(簡単にいったら膀胱炎の強化版です)入院しました。だいたい1週間程度で退院しますが、大学生活不安なスタートを切ります。ちなみに入学して1週間で嘔吐下痢にもなってます。

見た目とは裏腹に病気しがち、、、

大学活動編

大学生活は遊んで過ごしていたと思われがちですが、「筑後川ブランド大会」という筑後川周辺地域で作る職人を取材し、商品を紹介するイベントをしてました。

そのほかにも「ゼミナール連合」という私の所属していた学部の生徒会的なもので委員長もしてました。意外にも優等生だったんですよ?

社会の洗礼を浴びた1年目

無事大学を卒業し、晴れて社会人の仲間入りを果たしました。

1社目は某中古車屋の営業として入社しましたが、早々にちょっとしたエピソードがありましたのでご紹介します!

・契約が取れなかったら洗車機で体を洗う
・新卒歓迎会で陰毛を燃やされる

今考えたらとんでもないです。先輩のパシリや八つ当たりなどは日常茶飯事でした。

おー!これが社会人というやつか!こえー!と思いました。
ここまでは悪いことしか書いていないですがいい思いもしております。

私自身は全国でもトップクラスに来客の多い店舗に配属されていたため必然的に数字は全国の同期内でも上位にいました。最高月収は70万円を超えたこともあります。

大学時代に一目惚れした車も購入し、欲しいなと思ったものはほぼ即決してましたw

お給料面は良すぎるぐらい良かったのですが、体力と精神をすり減らしながら生きることに疲れてしまい転職を決意するのでした。

※当時の吉田はこんな感じでした

鉄鋼リサイクル営業編

前職ではそこそこの成績を残していたので自信満々で鉄鋼商社のリサイクル分野の営業として入社しました。

1年間工場で作業員をしながら営業の先輩に同行をしたりして勉強していましたが早く営業させろと思っていました。

ある日、殺風景な会議室で営業をやめて、工場の作業員になってくれと言われます。

理由は工場の高齢化などがありますが、実質営業をクビになります。

正直めちゃくちゃ悔しかったです。まだ営業をやりたいという気持ちが強く今後ついて悩んで途方にくれることになります。

※右側は銅線の選別をする吉田です

ブラック企業「セブンコード」との出会い

そんな悩んで途方に暮れていたことをツイッターでつぶやいたところ「うちに来ないか?」というリプライが怪しげな「ブラック企業の社長」から来ました。単純な吉田は声をかけてもらったことが嬉しくてなんの躊躇もなくすぐに面接をしてもらい、その後、代々木オフィスである食事会に参加するために東京に向かいます。

元々ゲーム(特にポケモン)が好きだったり、高校時代のアイドルオタクだった時の経験がこの会社ならまさか仕事になるのか!?

あとはとにかく楽しそうだなというのが1番の決めてで入社を決めました。

今思えば前職での営業クビがあったので営業マン吉田としてかなり成長できたと思います。挫折は人を強くする!

今はセブンコードの事務所件シェアハウスに住んでおり、

気がついたら青い巨人に変身してしまいましたが、めちゃくちゃ楽しく働かせてもらってます!たぶん。。。

え?ハマノーンに仕事は楽しいものだと洗脳されているって??

そんなわけないじゃないですか!w…たぶん。。。

現在、アイドルが飛躍するきっかけを目指す歌番組「アイドルONAIRBATTLE

※第一回放送です。

企業の理念や商品への思いを歌とMVで伝える「SyacaSyaca | ε:)_🎤♫♪」のプロデューサーを目指して日々精進しております!

9月から月一の定期ライブも行う予定です!私ももちろん踊りますよ〜!!🕺

あれ?昔は踊るより見る方が好きって言ってたはずなのに、、、

まっいっか!w

アイドルさん!私と一緒にZeppでライブしましょう!

イベントの告知も行っておりますのでTwitterのフォローお願いします!

以上!吉田の自己紹介でした!

ブラック企業の告知

毎月980円でブラック企業の秘密基地に入れるのだ。 秘密基地では新規事業での人間関係のゴタゴタ。ゲーム開発での取引先とのドタバタ苦労話。テレビ番組放送前の企画書などを公開。もちろん株式会社セブンコードの事業計画など!
時々、ブラック企業のオフィス屋上でBBQしたりしてるぜ (*゚▽゚*)


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